松本幸四郎さんと中村吉右衛門さんは
実の兄弟だけどすごく仲が悪い…
この噂、有名ですよね。
松本幸四郎さん・中村吉右衛門さんは
あんまり似てない兄弟です。
コッテリ洋風のお顔立ち。
似てない=仲が悪い
とは決まってません。
なまじ似てる方が癪に障るのも
よくある話ですからね^^;
【ホントの関係】が気になる!
中村吉右衛門さん・松本幸四郎さんを
徹底的に考察した結果…
「仲が悪いわけじゃない」
という結論に至りました。
ヒントは…
- 松本幸四郎 中村吉右衛門 兄弟 確執
- 松本幸四郎 中村吉右衛門 共演 なし
- 中村吉右衛門 松本幸四郎 関係 最悪
- 中村吉右衛門 松本幸四郎 家系図
- 松本幸四郎 歌舞伎 評判
- 中村吉右衛門 市川染五郎 関係
- 松本幸四郎 尾上菊五郎 関係
- 音羽屋 播磨屋 高麗屋
このあたりをじっくり調べると
見えてきました^^
では、解説していきましょう!
養子に出されたことで恨み?
これもよく知られた話ですが
中村吉右衛門さんは幼い頃に
祖父(母親の父)の養子になっています。
伝説的歌舞伎役者の初代。
よく聞く話ではこれが
中村吉右衛門さんの
兄・松本幸四郎さんへの悪感情
に繋がり不仲になったと
結論付けられてますね。
でも、そう単純な話か疑問^^;
養子に出されたとはいえ
赤の他人ではなく実の祖父母。
初代・中村吉右衛門さんは
芸には厳しかったと言われていますが
普段はめちゃくちゃ孫を可愛がる
優しい人だったといいます。
そりゃ寂しい思いをしたことも
あったでしょう。
しかし実の両親と断絶したわけでもなく
実際、昔は幸四郎さんとも
一緒によく遊んでいたという話もあります。
「鬼平」のモデルになったお父さん^^
兄弟子に「イケナイ遊び」に
一緒に連れて行かれた、とか…笑
こういう話を聞くと
養子に出されたことの恨みが
兄に向かうというのも少し違うような
気がしてきます。
とはいえ…
この養子に出された事実が
中村吉右衛門さんの人生に
大きな影響を与えたことは確かでしょう。
中村吉右衛門さんが養子に出されたのは
「播磨屋の跡を継ぐため」です。
言い換えれば、
「伝統を守るため」に
養子に出された中村吉右衛門さん。
自身のアイデンティティには
かなり悩んだのではないでしょうか?
「伝統を守らなければ
養子に出された意味、
さらには自分が存在する意味
が無くなってしまう…」
そんな風に考えたとしても
無理はありません。
この養子として育った環境が
中村吉右衛門さんの保守的な芸風を
決定付けた可能性は高いと思います。
一方で絵画への造詣も深い。
悪い言い方をすれば
最初から自由意志なんて無かった。
しかし中村吉右衛門さんは
その道を邁進され、2011年には
重要無形文化財保持者に認定されました。
いわゆる「人間国宝」ですね。
伝統的な芸を守る者として
最高の栄誉を得たわけです。
ご自分の道を極められた
中村吉右衛門さんに
今さら松本幸四郎さんを
妬んだり恨んだりする理由があるでしょうか?
松本幸四郎の「選択」
一方、兄の松本幸四郎さん。
当然ながら幸四郎さんには幸四郎さんで
高麗屋の跡を継ぐという
重責がありました。
ただし中村吉右衛門さんとは
置かれた環境が違います。
「生まれた家がたまたま高麗屋」
ただそれだけで
吉右衛門さんにように
「芸を継ぐため」に養子になった
といった事情が無いため
同じ悩みは生じにくい環境です。
その結果、松本幸四郎さんは
歌舞伎にとどまらず
現代劇やドラマなどで
自由にマルチな活動を始めました。
「歌舞伎役者のくせに
現代劇ばかり出て…」
と批判する人もいます。
しかし幸四郎さんの活躍が
歌舞伎に興味を持つ人が増えたり
他の歌舞伎役者の活動の幅を広げた
その要因になったのも事実。
これはこれで
中村吉右衛門さんとはまた違う
伝統芸能への貢献でしょう。
それに新しい道を切り開くのも
簡単なことではありません。
守るとはまた違う戦いです。
自らこういう活動を
選択した松本幸四郎さんもまた
努力の人ですね。
そんな彼が吉右衛門さんを
疎んじる理由があるでしょうか?
共演しないのが「不仲」の証拠?
このように単純な事情から
2人が不仲と決めつけるのは
少し強引な気がしますね。
とはいえ、
「だって松本幸四郎さんと
中村吉右衛門さんは共演しないじゃない!」
と不仲を主張する人は
よく言います。
確かに歌舞伎の世界では
親子共演や兄弟の共演が多いですし
観客にもウケがいいですね。
松本幸四郎さんと中村吉右衛門さんは
共演作が全然無いわけじゃありません。
…が、確かに少なめかも^^;
ドラマでの共演では
例えば1989年「大忠臣蔵」(テレビ東京)
などがありますね。
プレミア価格^^;
ただこれも幸四郎さんが主役なのに対し
吉右衛門さんは特別出演扱い。
やっぱり仲が悪いから
共演しないのでは…!?
しかし共演が少ない理由は
このように考えれば
結果論だとわかります。
松本幸四郎・中村吉右衛門が共演しない理由
2人はいわゆる「当たり役」が
似通っているんですよね。
例えば歌舞伎の演目では
「仮名手本忠臣蔵」の由良助
「勧進帳」「義経千本櫻」の弁慶や平知盛など。
当然ながら同じ舞台に
同じ役で同時には出られません^^;
兄弟なら演じるタイプが分かれてるとか
いっそ、立役(男役)と女形で分かれてると
共演しやすいんですね。
親子も年齢差があるので
共演しやすいんです。
得意とする演目が似通っていて
年齢も近いとなると
なかなか難しいでしょう。
「じゃあドラマはどうなの?」
そう思う人が
きっといますよね^^
これも理由は簡単。
そもそも中村吉右衛門が
あまりドラマに出ない人だからです。
え?「鬼平犯科帳」がある?
そうですね^^
私も大好きなドラマです。
もう吉右衛門さん以外考えられない!笑
ただこれも原作者・池波正太郎から
何度も直接依頼されても
ずーーーっと断っていたんですよ。
それぐらいドラマ出演には
慎重な人なんです。
「運が良かっただけ」
これは中村吉右衛門さんが
人間国宝に認定されたとき
松本幸四郎さんが言ったらしい言葉。
嘘か本当かわかりませんが
もし本当ならやはり不仲…?
しかし発言の状況によっては
そうとも限りません。
だって2人は実の兄弟ですよ?
日本人の美徳のひとつで
身内が褒められる場面では
謙遜する傾向がありますよね。
「お宅のお坊ちゃん、
東大に入るなんて頭がいいですね〜」
「いいえ〜、運が良かっただけですよ〜」
なんていう会話と同じです。
対外的には別々の家を継いだ当主として
実弟とはあえて出さずに
「大変おめでたい」
「素晴らしい!」
「同じ役者として誇りに思う」
と言ってもいい場面もあるでしょう。
どちらの可能性も
否定出来ないですね。
表面だけでは判断が難しい!
実際のところ、どうなの?
以上の考察から2人の仲は
決して悪いわけではない
というのが私の結論です。
ただ2人のポリシーというか
スタンス・考えは違うんでしょう。
「新」を求める松本幸四郎さんに
「古」を重んじる中村吉右衛門さん。
そういう意味では
中村吉右衛門さんが人間国宝で
松本幸四郎さんが文化功労賞なのは
とっても腑に落ちる話です。
「古き芸や技」の伝承を重くみる人間国宝と
広く文化への貢献を重くみる文化功労賞。
ね?ぴったり^^
どちらが正しいとか
間違っているとかでないことは
2人がよくわかっていると思います。
ただどちらもご自分の生きてきた道に
プライドをお持ちでしょう。
ついつい、
「古いだけでは後が続かない。
新しいこともしていかないと」
「温故知新という言葉がある。
まずはもっと伝統を大事にしなければ」
と言いたくなるのも無理は無い話。笑
実際、中村吉右衛門さんは
市川染五郎さんに稽古を付けてますね。
自身に息子がいない
中村吉右衛門さん。
「古い伝統を後世に残す」
中村吉右衛門さんのスタンスは
はっきりしています。
もし兄弟仲や確執に囚われてるなら
嫌いな幸四郎さんの息子に
稽古をつけたりしないでしょう。
互いに名門家柄の当主として
それぞれ守りたい考えがある。
それが世間には少し
不仲に映るのかもしれませんね。
ただ気がかりが1つ。
それは中村吉右衛門さんの四女が
尾上菊之助さんと結婚したこと。
尾上菊之助さんの父親である
尾上菊五郎さんと松本幸四郎さんは
これまた不仲と言われてます^^;
菊五郎さんの娘・寺島しのぶさんが
市川染五郎さんに捨てられたから、とか…
ま、仮に本当の話だとしても
今やフランス人の夫がいますし
「過去の話」でしょうけど…
尾上菊五郎さんも吉右衛門さんと同じく
人間国宝ですからね〜
考え・スタンスとしては
吉右衛門さんは幸四郎さんよりも
菊五郎さんにシンパシーを感じるはず。
高麗屋・松本幸四郎
播磨屋・中村吉右衛門
音羽屋・尾上菊五郎
人間国宝・中村富十郎さんや
市川團十郎さん・中村勘三郎さん等
スター達が相次いで亡くなった歌舞伎界。
ぜひとも仲良く
歌舞伎界を盛り上げて頂きたい。
そう思っている歌舞伎ファンは
多いと思いますが、ね…^^;