浜崎あゆみさんの迷走が止まりません。。。
最近はメディアに出てくるたび
「痛々しい…」
と言われてしまう浜崎あゆみさん。
浜崎あゆみさんの黄金時代には
こんな姿、想像もできませんでした。
「憧れ」から「哀れみ」ですからね…
もちろん今でも
浜崎あゆみさんについて
「カッコいい!」
「あゆは最高!」
と憧れている人もいますけど
以前と比べて圧倒的に減ったのは
否定できないところ。
だって…
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こんなネガティブな言葉ばっかり
検索されてますからね〜
え?
歌が売れなくなったのは
浜崎あゆみさんだけじゃない?
そうですね。
一部の大物アーティストを除けば
軒並み売れなくなったのは事実。
特典ナシでも売れるの?笑
でもセールスが落ちた人みんなが
「痛々しい」
と言われるわけじゃありませんよね。
浜崎あゆみさんが特に言われるには
やっぱり「理由」がありそうです。
ということで今回は
【浜崎あゆみが痛々しいと言われるワケ】
を勝手に検証していきます。笑
浜崎あゆみさんが痛々しいと
言われる場面って…
プライベートの切り売り
容姿や体型の劣化
歌唱力の低下
こういうところから
言われることがほとんど。
CDリリース前になると
恋人や夫(婚約者)と空港に現れる姿を
「空港芸」と揶揄されたり。
雑誌や本に載る浜崎あゆみさんと
現実の姿がかけ離れすぎてたり。
ファッションショーやライブで披露する
浜崎あゆみさんのボンテージ姿が
ムッチムチだったり。
他人の歌をカバーすると
「高温が全然出てない!」
「意味不明なコブシをいれないで!」
と批判される…
メディアに出てくると
とりあえず「痛々しい」
と言われる状態です^^;
その一方で浜崎あゆみさんには
根強くコアなファンもいて
「あゆは今でもカッコいい!」
「今でもあゆの歌が支え」
と擁護する人も少なくない。
同じことをしても
「痛々しい」と感じる人と
「カッコいい」と感じる人がいるってことは
空港芸=痛々しい
容姿や歌唱力の劣化=痛々しい
というわけではないってことですね。
少なくとも以前は
「浜崎あゆみはあんまり…」
と言う人はいても
「痛々しい」
と評する人はいませんでした。
以前とは何が違うのか??
私は根っこの部分に
アレがあるかどうかだと思います。
アレとは…共感です。
浜崎あゆみさんが売れたのは
決して顔がカワイイからとか
歌がウマイからじゃない。
いや、フツーにかわいいですよ?
でもそれが売れた理由じゃありません。
かわいい人なら他にもいますからね。
浜崎あゆみさんの書く歌詞に
共感する人が多かったからです。
確かに浜崎あゆみさんの
ファッションやメイクも
大流行しましたよね。
独特の鼻にかかった声が
好きという人もいるでしょう。
でも、浜崎あゆみさんの
コアなファンになればなるほど
【入り口は共感】なんですよね。
共感した人達は
「あゆの歌詞に救われた」
「あゆは私の青春そのもの」
と言い、マスコミは
「女子高生のカリスマ」
「若者の代弁者」
と評してました。
かつての代弁者。
ただし、当然のことながら
共感できない人もいたわけで…^^;
「どの歌を聴いても同じに聴こえる」
そんな風に言われたりも
してましたね。
つまり、この時点で…
浜崎あゆみさんに共感する人
浜崎あゆみさんに共感できない人
に分かれていたわけです。
共感グループは当然
「カリスマ」の浜崎あゆみさんの
ファッションもメイクも
真似したくなります。
だから売れる。
じゃあ非共感グループにとっては?
共感こそ無いんでしょうけど
既に浜崎あゆみさんのスタイルは
「流行」になってましたからね。
「今年の流行りは○○!」
と同じノリで取り入れるべき
ブームにはなっていました。
そして月日は流れ。。。
非共感グループにとっては
浜崎あゆみさんとはただの「過去の流行」。
非共感グループの人たちにとっては
既に「過去」となった浜崎あゆみさんが
何をやったところでそれはオワコン。
「まだあの人、あんなことしてんの?」
年齢に見合わないファッションや
プライベートの切り売りは
さぞ痛々しく見えるでしょう。
では、共感グループは??
実はややこしいことに(笑)
さらに分かれていきます。
1:
「昔はあゆが大好きだったけど
最近は全然聴いてない。笑」
2:
「今でもあゆは好きだけど…
でも聴くのは昔の歌ばかりで
最近の歌はあんまり…」
3:
「今でもあゆの歌は最高!」
この3パターンです。
言わずもがな、今でも
浜崎あゆみさんに共感してるのは
3つ目の人たちだけ。
共感する人が激減しているんです。
非共感グループにとっての「痛々しさ」は
「恥ずかしい」「嘲り」に近い。
でも昔は共感グループの1つ目、2つ目の人たちは
昔は共感し、大好きだったからこそ
共感できなくなった今、
浜崎あゆみさんが痛々しく見える。
つまりこの「痛々しさ」は…
「あゆ、最近どうしちゃったの?
昔みたいなあゆが聴きたい…」
という困惑や願いのようなものも
含まれた痛々しさなんでしょうね。
ではなぜ、浜崎あゆみさんに
共感する人が激減してしまったのか?
理由は大きく分けて2つ。
1つは「ファンの変化」、
つまり聴き手の変化です。
単純にファンが年齢を重ねて
昔、共感していた頃とは違う環境で
違う価値観を持つようになったこと。
好みの変化もあるでしょう。
これは浜崎あゆみさんに限らず
ジャニーズファンでも
女性アイドルでもあることです。
もう1つは浜崎あゆみさんの変化。
といっても容姿や歌唱力の
変化じゃないですよ、もちろん。
絶大な共感を呼んでいたそのもの、
つまり【歌詞】の変化です。
ちょっと浜崎あゆみさんの
黄金期の歌詞と現在の歌詞を
比べてみましょうか。
居場所が無かった
見つからなかった
未来には期待出来るのかわからずに
(浜崎あゆみ「A Song for ××」より)
いつも強い子だねって言われ続けてた
泣かないで偉いねって褒められたりしていたよ
そんな風に周りが言えば言う程に
笑うことさえ苦痛になってた
(浜崎あゆみ「A Song for ××」より)
一体何が欲しくて 一体何が不満で
一体どこへ向かうのとかって
聞かれても答えなんて
持ち合わせてないけどね
(浜崎あゆみ「Boys & Girls」より)
本当は期待してる 本当は疑ってる
何だって 誰だってそうでしょ
“イイヒト”って言われたって
“ドウデモイイヒト”みたい
(浜崎あゆみ「Boys & Girls」より)
将来への不安、アイデンティティの悩み、
世の中への怒り、自分らしさとは何か、
現状への不満、誰かに認められたい欲求、
誰もわかってくれない孤独感etc…
誰しもが多かれ少なかれ
思春期に抱く感情ですね。
デビューから2000年台前半の
全盛期の浜崎あゆみさんの歌詞には
こういった内容がとても多いです。
しかも抽象的な言葉ではなく
どストレートで具体的。
「そうそう!そうなの!」
このストレートさに
まさに胸を鷲掴みにされたように
感じた人は多かったでしょう。
割と歌詞というのは抽象化されたり
カッコいい言い回しだったりするので
こういう飾らないストレートな言葉は
ハマるともの凄く強いんですよね。
そしてそれだけじゃなく…
もう陽が昇るね そろそろ行かなきゃ
いつまでも同じ所には いられない
(浜崎あゆみ「A Song for ××」より)
輝き出した
僕達を誰が止めることなどできるだろう
はばたきだした
彼達を誰に止める権利があったのだろう
(浜崎あゆみ「Boys & Girls」より)
このような前向きなメッセージ性が
とても多いのも浜崎あゆみさんの
歌詞の大きな特徴と言えます。
大丈夫、あなただけじゃない、
それでいい、間違ってないetc…
悩みや不安へのストレートな共感と
立ち向かう勇気や少しの後押し、
そのままでいいんだという承認。
これが
「あゆは私達の代弁者!」
「あゆの歌に救われた」
と言われた理由。
一方、ここ数年の歌詞を
見てみると大きな違いが…